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実践・日本真道 (P165~167)

  【実践・日本真道】 長谷 章宏 著 (P165~167)より

衣食住、都市計画から、経済の支えあいまで、すべてのすべてが同じ仕組みである。下にあるべきものを上で使えば、本来の姿形に戻す力が働く。自然の姿は、火、岩、土、水、木、空気の順番である。物理法則は分かっているはずであるのに、現代文明の都市の姿は、物理法則に反した形で作られている。だから、維持するのに力がいる。神の掟に反した「バベルの塔」は、どんなに抵抗しようとも、いずれは壊れる運命なのである。一番力があるものがどこにあるのか。すべてを支えるものはどこにあるのか。それを教えるために、重力という力が存在するのである。神は上にはいない。神は、今の人間が思っている天にはいない。心が想像する上というのは、形でいえば下である。支える者は、下にいなければ支えられない。指導者が上から引っ張っても結局は支えきれなくなって、綱は切れてしまう。くもの糸のカンダダの末路である。その「上」で支える者を支えているのは下である。電車の架線は、架線柱を介して岩が支えているのである。空気も海も同じ仕組みである。
P166
地震で都市が瓦礫と化す。その結果、多数の人間が死ぬ。そして、防災対策を強化しようとする。しかし、よく考えれば、不自然なやり方で形にしたものが壊れて、元の形に戻っただけである。あるべき形に戻っただけである。いったいいつまで、どのくらい防災したら災害がなくなるのか。そもそも、「災害」はなぜ起きるのか。なぜ、自然の脅威を見せつけられるのか。その根本原因はどこにあるのか。都市の始めは自然である。ジャングルがコンクリートに姿を変えたのが都市である。アベコベをやっているから壊れるのであり、自然の法則通りにことが起きただけである。自然に反したものは淘汰される。この法則は、すべてに当てはまる。人間の言う自然界だけの法則ではない。自分自身をも含めた、万象万物に例外なく適用されるのである。自分自身が喪失感や失望感、危機感を感じるならば、それは、自分自身が自然の掟に反したことが、原因である。自分の外をどう操作しようと、ますます危機感が深まっていくだけで、絶対的安心感を得ることは、永遠にできはしない。

破壊は自然の法則に反した結果であり、自然な現象なのである。自然に反したものを作ったのが破壊の原因である。従って、防災、抗菌、殺菌云々という思想は、自然に反した者がその状態を維持するために自然のはたらきに抵抗していることになる。壊れるのは自然に反したからであるが、それを壊れないようにしようというのは、不自然が生き残るために自然を破壊していることになるのである。本来、自然には破壊は意識されない。破壊は隠れている。常に、生成が上回る。破壊<生成である。現象として破壊と生成が同量でも破壊が見える前に生成が始まるから、見えるものは生成しかない。もっと言えば、生成が瞬時に終われば、破壊も生成もなく、存在し続けるだけになる。「すべてがある」状態が存続するだけであり、そこには何も不都合は生じない。破壊を避けるという思想はない。現代社会の人間は、天国を求めて不可避の破壊を避けるために生きているようなものである。

形が変わる過程を、時空を超えて前からみれば破壊であるが、後から見れば生成の過程である。現代社会が崩壊するように見えるのは、形が変わる過程である。古いものは壊れて新しいものが作られる。古い皮膚が剥がれるのは、新しい皮膚が下に生成されるからである。無限に生成を繰り返しているから、破壊はない。常に、形は保たれる。生成のはたらきが乱れれば、皮膚病という形の異常が現われる。生成が止まれば、破壊が進み、そのまま何も無くなる。無から作り出す神は困らない。困るのは作り出せない人間である。困るから、壊さないようにする。『大切にしよう』『節約しよう』と宣伝する。そして、強制する。破壊者は悪人となり、無駄遣いは悪いことになる。法律で禁止されて犯罪となる。しかし、自ら生成できない者が、自らの破壊を避けようとしても、すべては劣化して、いずれ崩壊するのである。元つ天地の大神は、真釣り外しの悪にはいつまでも天恵を渡さない。真釣り外しを続ければ情けが増えていくだけで、最後は、情け100%=花 0%、即ち、魔釣りの世の生は無くなる。草薙の剣=真コトを渡すということは、魔釣りのアヤマ知で作ったものは、すべて使えなくなるということである。お金や機械は言うに及ばず、政治、経済、文化、宗教、思想、哲学も含めた「身欲を基に持つすべて」である。元つ真釣りの世にはない、お金の収支が基の「商」の響きのシステムはすべて崩壊する。お金を神とした世界は、金融、経済、商品価値、儲け、賠償金、支援金、被害額、寄付等々、すべてをお金に換算し、収支決算、予算、負債、資本等々、すべてをお金の足し引きで分析し、経済成長、メリット等々、すべての思考をお金に帰結させる。人=お金であり、お金を損得の基準にして人の操作をする、即ち、収支と貯蓄と保険(支出と負債と掛金)の三位一体、物・金・人の三位一体、衣食住を商品に委ねるお金の世では、金の量が国家像や各自の存在の姿を決める。快欲を追い求め、形を変えるだけの魔釣りのアヤマ知の物質文明に依存し続けている「現代社会」にどんな運命が待っているのか、よく考えてみることである。
P167
現代社会の運命。それは、いうまでもなく、社会という、あなたが所属する共同体でのあなた自身の運命である。他人や世界の問題ではない。あなたの問題である。真釣りが戻って滅びる運命の魔コトの文明にすべてを依存しているなら、魔釣りを祓う仕組みに自ら進んで足を踏み入れていることになるから、どんな事態になろうと、すべてあなた自身の選んだ結果である。元つ真釣りの大神を闇に葬って、魔釣りの世界で好き放題をして、教えても身欲に囚われて無視し続けて、最後に気づいて改心しても、後のまつりである。ミロク世に生きたいなら『そんなことはありえない』というフレーズは、封印しなければならない。真釣りの世から見れば、現代社会がありえない現実(顕現した実体)である。すべては逆さまであるから、真釣りの真コトの響きがこの世に形になったら、真コトの花(正花)だけになり、魔コトの花(悪花、仇花)は、すべて枯れ尽くし、土に戻る。魔釣りのアヤマ知で作った世界は、神の世界も人の世界も、すべてが真釣りの真コトによって闇に葬られる。善も悪も同じことであり、真釣りの真コトに戻らない者は、すべて消滅する。元の真釣りの天国に戻れば、一瞬にしてすべてがひっくり返り、魔釣りの世界は、跡形も無く消滅する。水をダムにためても、雨が降らなければすべて干上がってしまうのである。
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